「みんなと同じが安心」のワナ

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「みんなと同じが安心」

という人多いですよね。

人と違うことをしようとすると、

「誰もそんなことしてないわよ」

と言われたり。

いいことがあったことを話すと、

「人にねたまれるから、あんまり自慢しないほうがいいよ。」

と謙虚さを求められたりします。

子どもさんのことをほめると、親が大げさに謙遜することもよくありますよね。

「いやいや、うちの子なんて全然たいしたことないわよ~」

とかなんとかかんとか。

こういう言葉って、そばで聞いていた子どもはどんなふうに思うでしょうか?

わたしだったら、「自分はたいしたことない人間なんだ」って思うかな。

「みんなと同じほうが安心できる」

「出る杭は打たれるから謙虚に生きろ」


「謙遜は美徳」

という日本人特有の考えにもとづいて育てられているから、とっさの時にそういう言葉がでちゃうんですよね。

攻撃されるのがこわいから、目立つのを避ける。

でも、それってなんだか自分の可能性をせばめてるなぁ~って思うんです。

これだけ多種多様な人が生きている世界において、みんなと同じとか、目立ったらダメとか、そっちのほうが難しい。

安心を求めて「みんなと同じ」を選んだはずなのに、それが逆にストレスになってることってないですか?

 

出る杭が打たれるのならば、人が打てないところまで出ちゃえばいい。

もし打たれても、しなって元に戻るしなやかさがあればいい。

そもそも出たら打たれるという考えじたい、妄想じゃない?

打たれるかどうかもわかんないのに、それを恐れて最初から何もしないのが、一番もったいない!

謙遜やみんな同じであればいいという考えが、決して家族の心を萎えさせることのないようにしたいな。

旦那さんや子どものヤル気・可能性・モチベーションは、自分の心ひとつで変わってきますよ^^

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